あの時を思うと

19歳の時、私はどうしても瞑想の方法がしりたくて、ひと夏バイトをして、お金をためてマハリシヨーギのTM瞑想クラスに参加した。この私がひと夏もバイトをしたのだから、その情熱のなみなみならなかったことは想像に難くない。
今でこそ、瞑想だのスピリチュアルだの普通になんでもそこいらに転がっているような気がするが、当時はネットもなかったし、情報というものが本や雑誌にかぎられていたと思う。こんな私がもし間違ってよからぬカルト宗教にでも引っかかってたら危なかったかもしれない。
でも私は高校はカソリックの高校だったし、大学はプロテスタントの大学だったので、その宗教の違いを自分なりに分析していたし、宗教団体のジレンマのようなものは若いなりにわかっていた。とても仲の良かった友人は創価学会だったので、私は彼女の下宿の部屋に転がり込んでは、創価学会員の瞑想の仕方やお祈りの仕方を横でしげしげと観察していた。彼女がよく言ってたのは「勤行をあげた途端にこんなことがあった、あんなことがあった。勤行のおかげでこんないいことがあった」という話だ。それを聞くたびに勤行に力があるというよりも、人にはそういう力があり、そのスイッチが勤行なのだろう、と思ったのだった。
私は宗教は別にまったく嫌ではないのだが、団体がいやだ。みんなで一緒にお祈りしましょうというノリがいやだ。そういう団体色のない自分にスイッチ入れてくれる何かを探していて、たまたま目についたのがマハリシ・ヨーギのTM瞑想スクールだった。 ひと夏もバイトをして高ーーーいお金を払って、マントラを頂き、瞑想法を習った。しかし、そこまでこぎつけた時に、「え・・これってさ、値段のわりに内容薄くね?」感がしばらくぬぐえなかった。さらに知るにはさらにお金を払わねばならない。
やめた、やめた! このわたくしがひと夏もバイトをしたんだ。もうこれ以上できるわけがない。
しかし、内容が薄いと感じたのは事実なのだが、効果はとてもあった。瞑想というものをまるでしなかった人間がいきなり始めた時の感動は大きい。とにかく今までの自分とは何かが決定的に違うと自分では感じた。たとえば、渋谷のセンター街付近で金曜日の夜にに人とはぐれてしまったら、渋谷でまた再会することは不可能に近い。携帯電話がない時代でそれは限りなく不可能だった。しかし私の知覚は瞑想により、相手が今どこいら辺にいるかがわかった。必ずこっちのほうだ、という確信に近いものがあった。そして相手をみつけだすことができた。
しかし、瞑想は飽きてくると本当に難しい。どう頑張っても雑念の塊と化し、あの素晴らしい意識状態にどうやったら戻せるかがわからなかくなってくる。そうして私は今度はさまざまなアルファー波CDを試した。このCDはイケる!というのがいくつかあった。しかしそれも飽きてくると難しい。誘導瞑想CDなんかもあって、それはお気に入りのがあって、かなり気に入って、限りなく毎日聴いていた。あまりに毎日聴きすぎて、それも飽きた。(アルファー波CDや、瞑想CDだけで30本くらいは持っていたと思う。それら、全部飽きた。)
今思えば、わたしは一体何がしたかったのだろう。
とか言いつつ、私の生活はその10代の頃から変わっていない。最近は、といえば、毎日ヘミシンクCD聞いる。聞かない日はない。これは今までのアルファー波CDとかと違って飽きることがない。今のところない。一時期は一日に2回も3回も聞いていて、耳疲労がすごかった。「耳いたくてちょっと・・」と言いながら聴くことをやめられなかった。
猿だ。そこまでは今はしない。
ロバートモンローが「幽体離脱するときに必ず聞く音があって、それを再現した」という話をどこかで読んだ時に「これは本物だ!」と思った。幽体離脱するときは必ず「音」がある。ゴーッという感じ、ぶーーんという感じ。それが爆音で聞こえるのだ。そうすると私は突然に体から抜け出る。すごく楽しいのでみんなに試してもらいたい。ヘミシンクでは幽体離脱はできないので、ぜひ自力で。
自力でするには、多分、目覚まし時計を一時間ごとにセットして、寝て起きて寝て起きてをわざと繰り返したらどうだらう。ぜひ試してもらいたい。離脱したあと、身体に帰ってくるときの、あの残念さ。
「え?え?もう身体に戻るんすかっ?いやいやいやいや、ちょ、ちょっとまったぁああああああ」
強制終了
意識の世界にむなしく私の声が響き渡る瞬間であった。

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