ヒプノ体験記

今日は人気のヒプノ体験記です。
セッション時、モンゴル展で見た青銅兜につながる過去を体験しましたが、
その人生は、貧困、別れ、裏切りに加え、
人生の目的を果たせないつらさを抱えておりました。
その人生では今から2000年以上前、
中国の春秋戦国時代、燕という国のすぐ北の草原で暮らしていました。
私は73歳まで生きた遊牧民の長で、名をアイゴンと言いました。
若い時は遊牧生活でしたが、50代からは定住し、
一族みんなで燕の軍隊に入りました。(私は将軍になりました)
しかし、
父と兄は戦死、母はクマという部族に襲われて死に、(野生動物ではなかったです)
兄嫁はスパイで、母の死の3年後、私の手で殺すことになりました。
そして、部族をまとめていた叔父は、
クマを滅ぼしたときに亡くなり、私が部族長になりました。
件の青銅兜は、クマとの戦争での戦利品だったようです。
私には、甥のオドルが唯一の生きがいでした。
(現在は、亡くなった従弟の兄です)
楽器を弾き、医者を志しながら、軍人になるしかなかった。
そして、厳しい気候のため、冬には燕の村を襲い、
一族間でさえ裏切る者が後をたたず、
そのたびに殺しては報復を恐れる。
誰も信用できず、
信じた人間は、皆いなくなってしまう。
そんな環境で、自分になついていたオドルを立派に一人前にしようと、
私はあらゆる手を考えました。
その中のひとつが、結婚。
有力な一族と縁つづきになれば、殺される心配はなくなります。
しかし、私の一族には、そのための羊(財産)がありませんでした。
私が40近くのときの話です。
その頃、私が信頼していたのが、馬丁のオウィグウでした。(今は彼氏です)
この人は、(のちに分かりましたが)
若い女性で、当初はオドルの嫁候補でした。
しかし、見識が高く、結婚させるにはおしい。
そこで、男装させ、
自分の馬丁として抱えておりました。
(当時は、女性が結婚しないのはタブーでした)
しかし、
この人とも別れが来ます。
燕の軍隊として、一族で定住することになったとき、
オウィグウは大反対して出て行ってしまいました。
雪の降る晩で、たった一人羊も連れずに馬一頭で出て行き、
(のちに分かりましたが)
一年後に、出て行ったときの着物を拾いました。
真冬の夜、草原に一人で出るのは自殺行為です。
なのに、どうして出て行ったのか。
そんな死に方をしてまで、何を目指していたのか。
悩みました。
たった一人の信頼していた人間に裏切られ、
「もう誰も失いたくない」
強くそう思いました。
50代。
燕の将軍として妻をもらい、男の子をもうけ、
接待つづきの毎日でしたが、
私は誰が裏切るか、何を失うかと、怯えておりました。
妻は燕人の娘で、現在は私の母にあたります。
そして、60代。
谷原さんに、「この後の人生はどうなったと思いますか?」
と尋ねられ、イヤな予感がしたのですが、行ってみました。
オドルを殺していました。
原因は、寝込みを襲った強盗だと思い、かえり討ちにしたこと。
(のちに分かりましたが)
オドルを介抱しているとき、
昔殺した兄嫁(オドルの母)について、恨まれていたことがわかりました。
何十年も、私を恨んで、それを隠して生きていたようです。
そんな私にも、死がやってきました。
73歳。
妻に手を握られ、この人が自分をどれだけ大切に思っていたか、知りました。
そして、今度はもう同じ思いをしない。
そう思い、ガイド様のところへ行った私は、
殺された母に再開しました。
ねぎらってくれた母をあとに、
ガイド様のところへ行くと
(ガイド様はカイヤナイトのような色・質感の長い髪と服で、
昔よく絵に描いていた神様と同じ姿でした)
ガイド様からいただいたサファイアは、
その前日に甲府の原石展で買い求めたのと同じ
色の薄いスターサファイアでした。
すでに受け取っているものに気がつくことが苦手なのかな~、自分?
また、怒りんぼを鎮めるのに、緑の石をいただきました(おそらく、染色メノウでしょう)
さらに、
8年越しで好きな人がおり、
その人と、結ばれずとも仲良くいられるか、聞いてみました。
「今は難しいが、きっとよくなる」とのことで、
2014年2月8日、甲府に雪が降ったとき、久しぶりに再会し、
ずっと仲良くしようと約束しました。
セッション後の変化について、述べたいと思います。
当日。
帰りの電車内で、オドルとつながる経験をしました。
30前くらいの時代、子供だったオドルと手をつなぎ、
一番星の見える夏の夕方、
歌いながら家路をいそぐ私たち。
そうだ、だからオドルを何よりも大事に思ったのだ、と思いました。
彼は(現在は)亡くなったいとこで、
私に取り込まれ、まざりあって一つの体で同居しています。
(だから、実はセッションの体験が私の由来か、いとこの由来かは曖昧です)
オドルと別れることは、自分が死ぬまではもうないので、
「オドルを失いたくない」という願いはかなったようです。
12月。
ジュエリーのメーカーをやめ、次は何をしようか迷っていたとき、
叔母から従妹(中3)の勉強をみてほしい、と依頼が入りました。
そのため、年末から名古屋で暮らしています。
もともと勉強しないたちの子だったので、監督と家庭教師をしながら、
初めての都会暮らしを楽しんでいます(笑)
また、就職も決まり、4月から専門学校の先生になります。
2月末。
馬丁のオウィグウは、現在では彼氏ですが、出て行った理由を聞いてみました。
(彼氏にはその記憶はありませんが、こういう話に理解があります)
本人だったと仮定して、
・殺し合いばかりの世界がいやだった
・定住がいやだった(外の世界を見たい)
・しかし、みんなに迷惑はかけられないから何も持たなかった
と、語ってくれました。
私は、命が助かることが何より大切でしたが、
彼は命も大事だが、人間性を取りたいと言っていました。
命を一番に考える限り、何もできないよと、(久しぶりに)きつい一言。
よく理解ができませんでしたが、
すっと納得がいき、
この人との関係性を見直す決意ができました。
(出て行かれた恨みで、無意識にひどい扱いをしておりました(汗))
3月1日。
四日市に出かけた折、お寺の住職夫人から、
ハリの先生を紹介されました。
アイゴンの時代にはハリの医者を目指しており、
その時の恐怖や悲しみ、人間関係をひきずっているのなら、
当時の夢も目指してみようと思っています。
「一人でも多くの命を助けたい。そして、その命を使って世の中を良くしてほしい」
こんな願いをずっと持っていたことを、
最近思い出しました。
まだまだ遠いですが、ご縁を大事にして、
願いを実現します。

ありがとうございました!
よく、このヒプノ体験記を楽しみにしている方もいらして、
貴重な体験をシェアしてくださり、ありがとうございました。
私たちには
時間と空間を超えて、果たされる約束のようなものがあると思います。
そうした体験は、私たちの意識を拡大させ、人生をより多角的にみる力となります。
きっと「人生は今回だけ」と思ったら、
とっても息苦しい気がします。生き苦しい。
でも、そうではない。そうではないことは、証明されつつあります。
そしてそうではないことを実感認識したときに、
私たちはこの人生の本当の意味のようなものにたどり着くのではないでしょうか。
人生はあなたに、それに気がついてくれることを期待しているのだと思います。
体験記、募集中です!!

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