何かを習得するには、霊的なルートを確立しなければならない。 それは自らそのルートを作りに行かないといけない

昔、受信しなければ発信しない、という記事を書きました。
あなたが何かを習得しようとしたら、まず受信することが必要です。
たとえば、占星術家になりたいとおもって勉強を始めたとします。
占星術は記号を追えばいいわけではなく、
記号の向こうのエネルギーを読み取らなくてはなりません。
つまり、受信しなければ、発信しない。
そう、記号の向こうを読み取らなければ、発信することはできません。
誰かのホロスコープを読んであげることはできません。
当然ですね!あたりまえ、って感じがします。
最近、私はこれにプラスアルファーとして、
「受信の量は発信の量と比例する」
 
という考え方が浮かんできています。
受信量・・ NHKの受信料のことではありません。
受信です。
私たちは日々、いろんなことを受信しています。
ヒプノで前世やハイヤーセルフとのコンタクトや、
大きな宇宙との交信などは
多くの人にとって非日常的な大きな受信体験となるでしょう。
そうした個を超えた受信体験もありますが、
もっと身近なところでも受信体験は日常的にあると思います。
たとえば、こうしたブログを読むとか、本を読むとか、
そういうのも受信体験です。
この時、
この本の内容はどういう意味なのかを
文字を超えたところを読み取るとかいう能力が必要になりますね。
この文字を超えたところを読み取る・・・これは本当に受信体験です。
文字を超えたエネルギーを受信しているわけです。
その能力がなければ、どんなに字面を追いかけても、
何も読み取ることはできない・・といっても過言ではありません。
それは、ただ読んだというにすぎず、
本の真意は何も理解できていません。
つまり本の内容を読み取るというのは、文字を追いかけるのではなく、
文字の向こうにあるエネルギー、霊的なエネルギーを受信しているのです。
そう、それは大いなる受信体験なのです。
さて、この文字を超えたところ・・・これを読み取るには、
実は、あなたの日ごろの発信量と関係があるのです。
私はなぜうちに来られる芸術系のクライエントさんが
こんなにもヒプノセッションで上手に受信するのかが不思議でした。
音楽家・小説家・画家・・そうした職業の人は本当に受信が上手です。
なぜだろう。芸術にそういう力があるんだろうか。
違うんです。
芸術にそういう力があるというよりも、
芸術家は
「この気持ちを音で表現するには、どうしたらいいか」
と日ごろから毎日毎日、表現すること、つまり発信することを練習しているのです。
これを音にするには、
これを言葉にするには、
これを絵にするには、
そうした発信することを、日々練習している。
そうした人は音の向こう、文字の向こう、絵の向こうにある霊的エネルギーを、
形にすることを日々しているのです。
そうした練習をしている人が本を読むとき、
瞬時に文字を超えたエネルギーと接触することができる。
そこに通路が出来ているからです。
日ごろ発信していない人は、なかなか、この通路が確立していません。
そうすると、本を読んでも、そのエネルギーと接触することが難しいのです。
そのエネルギーとの接触は、
気づきとか
悟りとか、
わかった!とか、、
そういう体験とかになるだろうと思います。
本を読んで「なるほど!わかった!」という体験になると思います。
日ごろ、全く発信していない、、という人はあまりいないと思います。
人とコミュニケーションをとって、自分の気持ちを話すとかも発信力ですし、
芸術だけが発信ではありません。
自分の気持ちや、自分の考え、自分の思想、
そうしたものを表現しようとする力はすべて発信力です。
自分の気持ちを表現しようと頑張った時
はじめて、『言葉を超えたものを地上に下ろす努力』 をするのですよ。
自分の気持ちを言葉で伝えようとしたとき
はじめて、『言葉を超えたものを言葉にする難しさも知る』 のですよ。
その努力をした経験がなければ、
誰かが表現した本の内容を理解する能力は生まれていないのです。

言葉を超えた、文字を超えたエネルギーを理解する能力がうまれていないのです。
その本が、どのくらいの難関を超えて存在したかさえ、理解できないのです。
そして、その文字を超えたエネルギーを受信する器が用意されていないのです。
つまり、発信してないと、受信はできないのです。
これはとても大切なことです。
もっと勉強したい。
もっと知りたい。
もっとわかりたい。
そう願う人は沢山います。
ですから、沢山の講座やセミナーが世にはあります。
でも、本当に受信するには、本当に理解するには、
あなたは、日ごろから誰かに何かを発信する努力をしてないならば、
その受信量はとても少ないものになります。
その向こうのエネルギーと接触するルートができてないからです。
それってお金も時間も無駄になると思いませんか!?
同じ講座をでても、
一気に理解して、わかった!!!!といって、習得する人がいるかと思えば、
何度もこの講座でてるのに・・一向にわからない、という人も。。
一気にわかる人は、そのままそれを仕事にすることも可能でしょう。
お金を稼ぐことも可能です。
その差はなんでしょう。。
それは
簡単にいえば、
日ごろ発信してますか?ということと関係があるのです。
発信してないと理解力も受信力も乏しいものになってしまいます。
ですので、是非みなさん、
手ごろな発信手段として、
ブログなんか書いてみると良いのではないでしょうか。
それも、気持ちが乗った時だけ書くとか、
そんな生ぬるいことでは発信力も受信力も鍛えられません。笑
ピアニストは毎日、毎日、いかにこの美しさを表現するかを訓練しています。
絵描きさん、作家さん、みんなそうです。
そうして初めて、文字の向こう、音の向こう、絵の向こうの
霊的エネルギーと接触するルートができるのです。
ブログを書くなら、ただ自分の気持ちの垂れ流しではなく、
人にわかるように、理解できるように、
一日のブログの内容が、一つの作品になるように、
書き続ける気概をもつ。
そうしていくと、その向こうの霊的エネルギーを受信する器が大きくなってきます。
ルートができるからです。
このルートは待っていても、ただ待っててもルートはできない。
だから自分からルートを作りに行かなくてはならないのです。

それは発信する努力をすることでルートは作られていくのです。
何か習得したい、習得して仕事にしたい、なんて思われる方には、
そのルートの確立は非常に大切で、
それなしには何もできないと、私は思うのであります。

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