ドラマをわざわざ作って、ドラマチックに生きる!

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自分が誰にも評価されなくてもOK,
誰にも好かれなくてもOK,
その境地に行かないと、
仕事も回らない。集客もできない、
という話を昨日ネットで読みました。
そしてそういう境地にいちゃった人こそが結局は評価もされ、
人からも認められるのだという話でした。
たしかにそういう自己肯定の境地にいっちゃった人は強いです。
確かにそうだと思いますが、
でも、その境地にいたるには、
自分は自分でOKなんだという気持ちに至るには、
それ、相応の理由がいりますよ。
人には理由がいると思います。
もし、子供のころに「おまえはOKだ」と言われ続けたのであれば、
それは安易にそう思えるかもしれません。
でも、そうでない場合、
自分でその理由を獲得しないとならないじゃないですか。
自己評価というのは、無意識でおこなうものですから、
表面的にではないところで、潜在意識の奥で
自分で自分にOKサインを出すというのは、
それなりに技がいることのように思います。
無意識をコントロールするって、簡単ではありません。
でも、それは、簡単でないからこそ、
やる価値がありがありそうですよ。
どうやって?
それはある種、繰り返し繰り返し、
自分で自分に暗示をかけるしかないのではないかと思うのです。
大体において自己評価というのは、
子供の頃に親から刷り込まれています。
「お前は〇〇だ」と言われたことからなかなか人は抜け出せなくなっています。
これは、親の責任もあるのですが、エネルギー的には、
その人が持っている魂の波長のせいだと思っています。
魂自身が波長として自己評価が低いと、どうしても親がそこに反応してしまい、
自分をさげすむような言葉を親に言わせてしまうし、
また、親は他にも沢山の言葉を投げかけているのにもかかわらず、
自己評価が低い魂エネルギーを持った子供は、
その自分をさげすむような言葉だけを、掴んで離さなくなります。
親はもちろん、子どものそうした魂のエネルギーを読み取り、
子供が陥りそうな傾向をよく読み取りながら、
そこから脱却できるように支援して、
言葉遣いに注意を払って子育てをするのが理想だと思いますが、
それはそうした知識のある親にしか、なかなかできないことです。
だから自己責任ですよ、とはいいません。
そうは決して思いません!
それは私はそうは思いません。
自己責任? 
いや、子供のあなたがそれをコントロールできるわけがないのです。
コントロールできなかったことを、誰がどうして責められるでしょうか。
ではどうしたら、そうした魂の波長を変えられるでしょうか。
そのまま放置したら、
また生まれかわった時に、同じような人生を歩んでしまいます。
自己評価が低いという波長を携えたままであれば、
また、そこをつつくような親の元に生まれ、
また同じような目に合ってしまいます。
だから、私たちは、この人生が与えられているのですよ。
その魂の波長を変えられるのは、この現世でしかありません。
それには、自分で自分に繰り返し繰り返し、
暗示をかけていくしかないのです。
潜在意識に働きかけていくしかないです。
そして、その事を諦めないことにドラマを感じてもらいたい。
たとえ、この一生をかけてもいいほどの価値がそこにあることに
気がついてほしいです。
私みたいに、
お金も興味ない、
お洒落も興味ない、
食い物も興味ない、
異性も興味ない、
みたいな人間だと、
どこに向かって生きていいのか
時々よくわからなくなります。爆
でも、
でもですよ、
お金もお洒落も異性も、
なんかこう、メディアとか他人に作られた価値観だと思いませんか?
ドラマは自分でつくって、ドラマチックに生きる。
それが人生のように思います。
ドラマは自分で作るのですよ。
詩人は苦痛をも享楽する。by宮沢賢治
詩人はすべてをドラマに変えているからです。
我らにいるものは銀河を包む透明な意志、巨きな力と熱である!
我らの前途は輝きながら険峻である!
険峻のその度ことに四次芸術は巨大と深さとを加える!
詩人は苦痛をも享楽する。
永久の未完成、これ完成である!
 
by 宮沢賢治

宮沢賢治は、自分でドラマを作った人だと思います。
「永久の未完成、これ完成である。」
なんと力強い言葉でしょう。
例え、手に入れたい魂のカラーがこの一生をかけて
身につかなかったとしても、
その求道、すでに道である!
求道するかぎり、その未完成は完成であるということですよ。
手に入れられなかった・・ダメだ・・と思っても、
そのダメだをドラマにしてほしいとおもいます。
ダメな自分を、これはそういう主人公なんだなと思ってほしいです。
このダメな自分という役者を、デザインしているのはあなたです。
あなたは、単にダメな自分というドラマをみたがっているだけなのですよ。
ああ、こういうドラマを私は見たいのだなと、
そのディレクターの自分を感じて欲しいです。
そのとき、どんな人生もドラマチック。
あなたのデザイン通りなのです。

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