飼い犬から脱せよ!

昨日は、ここ数年やばいと思ってた案件が、
ががががっと進んだ感じがして、
かなりホッとした谷原です。おはようございます。

ここ数年やばいと思ってたので(爆)
数年やばいと思ってたので(爆)

数年ですよ、奥さん!(爆)

ああ、なんでもあきらめるとか、
不安でもそこの突き進むとか、
自分の中のタブーを破ることが大事なんだな。

昨日の記事のコメントに、岡崎 貴子 さんが、

感謝「しなくちゃ」って言ってる時点で、自分が不安だった過去を無いものとしちゃってますよね。
以前、ある人との会話で、まさに「親に感謝しなくちゃ」とか「私は恵まれていた」と言ったことがあるのですが、「それって洗脳」と言われ、いろいろ遡ってみたら、本当は悲しかったということを思い出して、もやもやが消えたことがありました。

そうなんですよね。その不安を無きものにしようとするから、
余計に
いつも
いつも
いつも
いつも不安なんですよ。

そういう場合は
不安をなかったものにしようとする力がめっちゃ強いので、
多くの場合は体が先に悲鳴を上げ始める。
そういう場合は、
タブーにチャレンジするといいんじゃないかと思うんです。

「感謝しなくていい」って思ってみる。
「裏切っていい」と思ってみる。
「安心できなくていい」と思ってみる。

それだけで、ばーっと道が開けるものがあるよ。

でもね、ここで私が言いたいのは、
「すべてを親のせいにしていい」とかじゃないんです。

そこ、誤解されたくない。

なにがいいたいかって、

わざわざ親に感謝してるうちは、
親に主導権を握られてるってことなんです。

自分の軸になってない。

紐くっついてるの。

親の手綱がついたまま。

それって

親の飼い犬なのよ。爆


これは親のせいと思ってるうちも同じ。

親のせいで自分の人生ひどい、
って思ってるうちは、親に主導権を握られてる。

他人のせいで自分の人生悪いんだから、自分の主導権にぎってないですよね。

つまり、自分軸って、
まず第一歩が、
親のせいとか、親のおかげとか、
その両方から抜け出ることだと思うのよ。

親のせいでも、親のおかげでも

どっちでもないところに行くのが、自分軸なんだよね。

親のせいも、

親のおかげも、

どっちも同じ、

自分軸のなさなのよ。

そのどっちでもないところに行くのが

自分軸なのね!

昨日の記事にチェリストの舞さんもコメントしてくれた。

Mai Sato
小林秀雄が「君たち若いんだから不安を抱えていて当たり前です。」みたいなことを言っていて、それを読んだころ、その「若い人」よりもっと若かった私は何だか安心したけど、今その「若い人」たちよりもそしてもしかするとそれを言った小林秀雄よりも年をとったけど、まだ不安です。今ではそれを言った小林秀雄自身はどうだったのかが知りたいです。
「不安とか安心ということ自体が幻影にすぎない運動」を実施してみようかと思います。「幸せ・不幸せなんてない」というのと兄弟のようなものかも。2項対立の束縛を解く。

何でも、良いと悪いのその向こうに真実があるんだよね。

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