被害者意識とプライドの高さ。自分は絶対に悪くないという心。

成長するには、

今の自分を否定する必要があったりします。

心からの否定です。

自分を否定って、めっちゃすっごいなんか、、

やっちゃいけないことみたいな気がするでしょう?

自己肯定感の低い人のすることみたいな?

実際には、自己肯定感の低い人ほど、

自分を否定できません。

だって、自己肯定感が低いのに、

自分否定しちゃったら、

何も残らないような気がしてしまうし、

だから自己肯定感の低い人ほど、

プライドが高くなります。

しかし、実は、

その自己肯定感の低さは、

プライドを捨てることで、

やっと高くすることができます。

プライドを保持しようとすればするほど、

変化できない。→ 変われない。→ 成長しない。

です。

そのプライドを死守してたら、

絶対に変化できないし、成長はないんですね。

だから、降参してしまったほうがいい。

昨日のヒプノマスタークラスではそんな話しをしていました。

一度、真剣に低くなれない人は、

その後に絶対に成長しません。

自分の次元をあげるには、

一度、全部否定すると良いのだと思います。

松村潔先生が昔よくよく言っていました。

カバラとか、何かの体系に入ろうとすると、

そこに入門した途端に、

自分がもって生まれた才能とかを一度叩きつぶす必要があるので、

それを師が故意いやるんだとかってお話しです。

これが受け入れられない人は、その門下に入れないみたいなお話しです。

それは、そういう「自己成長のための体系」に入ろうとしたら、

必ず通る門ですが、

いまどき

そうした体系に入る人って少ないと思うんですね。笑

昔はね、寺子屋とか、華道とか、茶道とか、剣道とか、、、

寺子屋制度みたいなものがありましたから、

そうした体系でのルールみたいなものが、ガッツリあっただろうと思います。

でもいまどき、そんなの聞いたことありません。爆爆

ですから、いまどきの人は、昔は体系で師匠とかがやってくれただろうことを、

自分でやらないとならない、、そんな時代だと思います。

自殺したりするのは、

自分をダメだと思って自殺するのではなくて、

復讐精神だと思います。

自分は悪くないを証明するためだったりする。

絶対に自分は「被害者になろう」という意識の表れです。

完璧な被害者になって、相手を悪者にする手段だったりします。

被害者 = 悪くない人

なんですね。

悪い人は別にいる、という構図です。

自己肯定感が低い人がプライド高くなるのも、

「自分は悪くない」つまり、「あなたが悪いのよ」という

意識の現れですね。

つまり被害者意識があると、プライド高くなってしまうんです。

その時には「自分に問題があるかもしれない」とは絶対に思えないのです。

これ、自戒を込めて書いてますよ(笑)

「自分はそうじゃないです」とか、私は絶対に言いません。笑

私は自分自身にいつも「そのプライド捨てよう」って言います。

でも、最近の出来事で、

プライドを死守しようとする人をみると、

自分が激しく反応してしまうんだという事も気が付きました。

プライドを死守し、自分は絶対に悪くないという心に激しく反応するその理由は、

自分がそれをものすごく否定しているからだと思います。

「それはダメだよ、それは捨てようね、、」

「そういう考えを持ってる限り成長しないんだよ、」

私は自分にいつもそう言い聞かせてるがゆえに、

過剰に反応してしまう。

で、私が本当に間違っていたのは、

「それを相手に伝える」という行為が

間違っていたのだと思いました。

「あなたのそのプライドの高さは捨てないと成長しないよ」って

相手に伝えても無駄だったのです。

それは自分の中の現れ。

自分の中のそのプライドの高さに対峙できるのは、

自分だけなのです。

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