雨森亜子さんの「水瓶リスト」と「蠍オーディション」

今朝は、亜子さんのこのツイートにウケまくり!

削除してもらえない、水瓶リスト!爆

はい。暑苦しいかもしれませんが、

水瓶リストに削除キーはありません。爆爆

一度、友達と思ったら、何十年たっても、

どんなに音信不通でも、

友達なんです。笑

削除? なにそれ? それウマイの?

いやでもね、水瓶は、このリストは削除しませんけども、

だからと言って、シツコク連絡取り続けるとかは、

そんなしませんよ。

しつこくするときもあるけどね。笑

それは暇だったりすると、ひつこいかもしれません。(暇なときかよ!爆)

基本、どんな喧嘩別れしようと、

「あの時はごめんね」って感じになれば、

また普通に「友達」です。笑

これ、水瓶にとって、というか、「私にとって」だと思ったんですが、

「水瓶にとって」なのか?

もう、そのあたりも何が何だかわかりませんが(爆爆)

わたしにとって、

「その人自身の価値」と、「起きた出来事」は、別なんですよ。

なので、「あの時はごめん」ってその「あの時」が解消されれば、

その人と、ふつーに友達になれます。

一個、ダメな事があったから、全部ナシ、

みたいな、世知辛い感覚は、

わたしの中にはありません。

だから、水瓶にとって人との距離感って時々よくわからないです。

なんか、どうやら、普通の感覚では、

なんか一個ダメになったら、全部ダメってなるらしい、、ということは

感じることがあります。

それ、え?って思うんですよ。

どうせ、喧嘩とかって、互いに非があるんだから、

互いが互いに自分の非を認めたら、

それでよくね?って思いますね。

でも、今まで生きてきて、

どうやら世間はそうじゃないみたいだなーってことを思います。

自分の非を認めるってことが、多くの場合は難しいみたいだし、

互いに自分の非を認めることなしに、続く人間関係は、

水瓶座といえども、繋ぐことができません。

その場合は、友達リストからの削除はしないけど、

「あなた自分の非を認めてないねリスト」からの削除もされないんだよね。(爆破w)

でも、

「あなた自分の非を認めてないねリスト」は、

ごめんねっていう言葉だけで解消されるようなもので、

もともと友達リストから削除していませんし、

また復活できるものなんですよね。

だけど、それは直接交わされたものだけですよ。

人づてに聞いたとか、

誰かに言ってたとか、

それは、その誰かに言ったのであって、

自分に言われていないものは、無効です。

つか、水瓶って基本的には、

何が一番相手のためかって視点でしか、ものを考えていないので、

こちらが、そういう視点で考えてることを理解できない人には、

とっても理解できないみたいだなとは思います。

全体のためとか、全部のためとか、

個人相手ならば、その人の将来のためとか、

今現在のためではなくて、

互いの関係を今後良くしていくには、

今、嫌でもここを明確にしないとと思う事は、

一期に着手するし、

その人の将来のために、今絶対にここやっとかないとと思うと、

それも着手しようとするし、

だから全体のためであれば、

自分の非とか普通に認めるのが普通であって、

個人の利のために、プライド死守するために、

非を認めないとか、水瓶的にはありえないのですよ。

それが嫌な人にとっては、とっても嫌みたいだなと思う事があります。笑

勝手に行われている蠍オーディションってのも面白い!!!

蠍オーディションっていう言葉がすごい。

蠍の人は、人を選んでる感すごいありますものね。

蠍の一次オーディションには受かっても、

二次オーディションには落ちたなって思う事、結構ありますよ。笑

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。