あの星には何の意味もない。

ここへきて、非二元と言ってる私ですが、

昨日、雨森亜子さんとツイッター上でお話ししてて、

すごくそうだなと思ったのですが、

非二元のあのクソミソながっかり感、

あのがっかり感は凄いものがあります。

でも、このがっかり感の要素は適宜に必要だと思いました。

このがっかり感がないと、本物ではないと思うようになりました。

インドの神話では、

憎みあったり殺し合ったり、色々ありますけど、

インド哲学の根底には

「すべてはリーラだ」という意識があります。全ては戯れという意味です。

「この世はマーヤ」とも言います。この世は夢なのです。

インド哲学でのリーラやマーヤは、私はとても温かく幅のあるものに感じますが、

非二元はなぜか、とても冷たい気がします。

「本物」はいつもで温かく幅がありますから、

非二元はちょっと「偽物」なんだと思います。

非二元論は、

すべては戯れなんだから、ムキになったお前さんがかっこ悪いねーみたいな、

地球全体に水を差すみたいな感じがあります。爆

私は、こんなクソな思想を考えた人はギロチンにしていいと思っていましたが、(爆破)

でも、その視点と要素は、今は必要だと私は思いました。

生きてると、

絶対に認めなくない要素が、この非二元にはあるのです。

これを制した上に恒星探索を繰り広げない限り、

ただただ、蜃気楼を追う事になる、と私は思いました。

「天と地という二元を超える」その気概がない限り、

本物の恒星との出会いなど、ないのだと、

私は確信たのです。

非二元のレッスン1はこうです。

「この部屋の中にみえているものには、何の意味もない。」

ゆっくりと周囲を見回し、目に入るものにすべて言ってみてください。

このテーブルには何の意味もない。
この椅子には何の意味もない。
この手には何の意味もない。
この足には何の意味もない。
このペンには何の意味もない。

地球を超えるというのは、まずは、この視点を持たない限り無理です。

さらに、目線を遠くにしてみましょう。

あのドアには何の意味もない。
あの体には何の意味もない。
あの電気には何の意味もない。
あの影には何の意味もない。

このレッスンは1日二回で、できれば朝と夜。
でもそれ以上行ってはならない。
また一分以上続けてもいけない。

恒星女子ならば、

あの星には何の意味もない。
あの星にも何の意味もない。
あの星にも何の意味もない。

と夜空を見上げて言ってみましょう。

なんて辛く悲しい修行でしょう。
胸がつぶれるようです。笑 ←笑うな。

しかしこれらはすべて、
意識が作ったものにすぎません。
地球人の幻想なのです。

プレアデス意識から抜け出すためには
プレアデスをみながら言ってみましょう。
あの星には何の意味もない。
昼と夜、天と地、何の意味もない。

太陽や月にも言ってみるといいです。

太陽には何の意味もない。
月には何の意味もない。

これが非二元の世界です。

うつになりそうな世界ですよね。

無理と思ったら、無理してやらないで読み流してください。

一分以上なるなという御触れも書いてあります。

きっと一日中やると絶対に病気になるんだと思います。汗。

責任は取りません。自己責任でお願いします。

これはあくまでも地球から解放されるための思考のトレーニングの一環です。

意識の支配から抜けていくための一つの方法です。

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