時を超えて果たされる約束のようなもの

昨日はそこここで着物姿の女の子を見た。七五三の季節である。
私は7歳の時に、当時、着付けの先生をしていた母に着物を着させられて、明治神宮まで行った。
その頃、父はルーマニアに赴任していて、日本で私は母子家庭のような感じで暮らしていたが、
ちょうど七五三のころに父も帰国してきて、家族みんなで明治神宮まで行ったのだ。
七五三の帰りに父はとてもふんぱつして、かなり高級なレストランに連れて行ってくれた。
私は何を食べたのかは全く記憶にないが、それはちょっと食べたことないほどの高級レストランだったらしい。
私は着物を着ていたので、その店にいた外国人が私の写真を撮っていいか?と聞いてきた。
日本の7歳の女の子の着物姿が珍しかったのだろう。ばちばち写真を撮られた。
その外国人は通訳の人と一緒に食事に来ていた。
通訳の人の話によると、その外国人はポーランドのワルシャワ音楽院の教授で、
日本の音大に教えに来ているという話だった。
父が「娘もピアノを習っているんだ」というと、
その教授の先生は「大きくなったらワルシャワにピアノを習いにおいでね。」と言ったという。
そんな話があったとは小さかった私はあまり覚えていなかった。
言われてみれば、そんなことを言われた気がする、という感じだ。
そんなことは全く忘れていたのにもかかわらず、
私は大きくなって本当にワルシャワ音楽院に通う事になった。
私がポーランドから帰国してきた時に父が言った。
「そういえば、ふっと思い出したんだが、あの七五三の時に会ったあの人はワルシャワ音楽院の先生だっていってたな。ピアノを習いにおいでって言ってたけど、本当にそうなったね。不思議だな。」
ほんと、不思議!
その先生はあの時もうすでにかなりの御年輩だったし、私たちはその先生のお名前を覚えていなかったので、ポーランドで再会というわけにはいかなかったのだが、再会することに意味があるわけではなくて、時を超えて果たされた約束のようなものに意味があるのかもしれない。
あの時、その先生が撮った私の写真は、私よりも先にポーランドへ渡って、その先生のアルバムの中で眠っていたかもしれない。そして、その家のアルバムに今もあるのかもしれない。
人生はとても不思議だ。
なにか仕組まれたかのように、7歳の時にただレストランで一緒だっただけの人の一言が、後の人生を暗示してる、なんてこともあるのだと思う。
昨日は着物を着てみました。
写真 (45)s
もう44歳にもなって、特別な美しさもない私を
写真に撮りたがる外国人はいなかったけど、爆
日本の着物は、世界一上品、というのが私の説。

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