昨日、ツイッターをみていたら、
ストックホルム・シンドロームというのを書いてる人がいて、
なるほど、と思った。
幸せな恋愛が出来ない?!もしかしたら『家庭内ストックホルム・シンドローム』かも… – NAVER まとめ http://matome.naver.jp/odai/2139376816838435201
1973年8月に発生したストックホルムでの銀行強盗人質立てこもり事件において、人質解放後の捜査で、犯人が寝ている間に人質が警察に銃を向けるなど、人質が犯人に協力して警察に敵対する行動を取っていたことが判明した。また、解放後も人質が犯人をかばい警察に非協力的な証言を行ったほか、1人の人質が犯人に愛の告白をし結婚する事態になったことなどから名付けられた。出典ストックホルム症候群 – Wikipedia
人質として監禁された人が、恐怖と生存本能に基づく自己欺瞞的心理操作(セルフ・マインドコントロール)から、犯人に好意を抱くようになってしまうことをいいます。出典ダメ男にはまりやすい女子は「ストックホルム症候群」の可能性 by Gow!Magazine(ガウ!マガジンこの心理状態は家庭内でも同様に起こります。
◆『家庭内ストックホルム・シンドローム』とは?
岩月謙二・理学博士の著書では同様のことが家庭でも起き、家庭内ストックホルム・シンドロームと呼ぶ。
出典http://woman.mynavi.jp/article/130525-024/
子どもにとって、家庭は自分の居場所であり、親は自分の生存権を握っています。たまに事件になりますが、親が育児放棄すると、子どもは死んでしまいます。そのため、幼い娘は自分の父親がどんなにダメ男であっても、無意識のうちに父親のことを好きになろうと努力します。
自分を疎んじる親に不満や憎しみを感じつつも、見捨てられたらどうしようかと恐怖心が芽生える。そこで無意識に親が気に入る「良い子」を演じてしまうようになる。これが『家庭内ストックホルム症候群』なんです。
出典ダメ男にはまりやすい女子は「ストックホルム症候群」の可能性 by Gow!Magazine(ガウ!マガジン)
幼いころの習慣というのは、心にしっかり根付いており、大人になっても、父親そっくりのダメ人間こそ魅力的に見えるというプログラミングがなされているのが、家庭内ストックホルム症候群の恐ろしいところです。
ここでは、幼児期に親から受けた虐待があったにもかかわらず、
その親を愛するという行動が書かれている。
そう、私達にとって、親とは虐待を受けたとしても愛したい存在なのである!
ここでは、「悪い人を愛してしまうという行為」だけについて書かれている。
しかし、この心理状態は色んなパターンがあるのではないだろうか。
たとえば、
決して悪い親ではないけれども、
むしろ良い親だったりするけれども、
何気に完璧であることを、無意識に強要されていたり、
普通であることを、無意識に強要されていたり、
特別でないことを強要されていたり、
特別であることを強要されていたり、、、
なんてこともあって、
どんなパターンであったとしても、
我々は無意識に親が気に入る「良い子」を演じていたと思う。
または親が注目する役を演じていたのだ。
インチャのワークの重要な点は、
この親から無意識に強要されていた、よい子を抜け出すことなのだと思う。
私達はどこかで、再びこの世に生まれなおさないとならないのだ。
ただ、親や環境が用意してくれた世界、その中で通用した価値観を、
一度、捨てる勢いで、客観視しないとならない。
そうでなければ、「自分」にならない。
「自分」になれてない人が多くいるのが現実だ。
「自分」になれていない人は、共依存する。共依存し続ける。
なぜなら、子供の自分は共依存せずに存在することが難しかったはずだからである。
その子供時代の自分を客観視できないと、
ただただ、子供時代の延長で、人生が続いていく。
人から与えられた役割を演じ続ける、それが子供時代の延長であり、
共依存し続けるのが子供時代の延長である。
そうすると、どこまで行っても、なんだか、どこにも自分がいない気がするだろう。
よく、今ここ、といって、未来を思い描くとかは良くないとか言ってる人がいるが、
わたしは全くそう思わない。
良い人生とは、
10年後、20年後というのを、軽く思い描けて、
それが突拍子もないものでも、非現実的でもなく、
今やってることを、続けて行ったら、こんな感じだろうな的なものが思い描けて、
そのことに、満足を感じられる、というのが、
セルフ・アイデンティティの確立した状態だと思う。
どうせ、今やってること以外の、すっごい出来事など、そうそう起きてこない。
今の自分が、できることを、よりいっそう、意識的に選択することが大切だ。
「わたしはこれをやっていきます」と宣言することが大切で、
そうしてその宣言したことを、確実にやることが大切だ。
できることを、ちゃんとやるとき、人生は必ず開かれる。
それが、「自由に生きる」でもいいし、
「好き勝手にしない」ということを選択するのもいい。
どんな生き方でも、できることを、きちんとやるのだ。
「自由にやればいいじゃないか」というような思想が蔓延しているが、
それも自分で選択するべきで、人の思想に翻弄されることはない。
どこかの道でプロになるならば、千本ノックは必要だし、
やらなくちゃいけない事は沢山あるだろうし、
そんなときは、自由にやるべきとかいう思想に、怯える必要はない。
良い人生とは、
10年後、20年後というのを、軽く思い描けて、それが突拍子もないものでも、非現実的でもなく、
今やってることを、続けて行ったら、
こんな感じだろうな的なものが思い描けて、そのことに、満足を感じられる、というのが、
セルフ・アイデンティティの確立した状態だと思う。