「みんな違ってみんないい」はみんないいと思わない人の批判では?笑

今日からヒプノマスタークラスが始まります。

土曜日クラスは今日から、日曜日クラスは明日からです。

途中、キャンセルが入ったり、またお申込みが来たり、

またキャンセルが入ったり、またお申込みが来たりと、

紆余曲折しましたが、全席満席で今日を迎えることができました。

水曜日クラスも満席となっています。

満席といいましても、このクラス、部屋が小さいのと、内容が濃すぎるのとで、

少人数で満席とさせていただいております。

ヒプノの技術は、プロの誘導を間近でみて、

身体で習得するしかないです。

そのくらい奥深いセラピーです。

最近思うのは、

セラピストの顔と、養成講座をする指導者の顔って、

もっと使い分けないといけないんだなってこと。

指導者って厳しくないとできないと思います。

人を育てるって大変なことなのだと思います。

今、私の娘が習ってるピアノの先生とか厳しいです。

いや、その先生は私の恩師でもあるのですが、

怒るとかではなく、間違いを抜かりなく全部指摘してくるという厳しさです。

どこにも、「まぁ、いいか」と曖昧にするところがありません。

でもね、セラピストはそうじゃないんですね。

「まぁ、まぁ、まぁ、そういうこともあるよね。」

と共感していくのが仕事でもありますし、

この共感がないところに、セラピーは絶対に起こりえません。

しかし、指導者としては、この「まぁ、まぁ」という感覚ではムリということ。

難しいですね。

私、あまり自分の中に、人に厳しく指導するとかいう顔がなさ過ぎて、

どうしても寛容になりがち。

「みんなちがってみんないい」とかって口で言ってる人の、

心の狭さってたまらないものがありますよね。爆

寛容さを示さない人を罰してる言葉だと思うんです、これ。

私の寛容さは、「みんなちがって、みんなよくない、それもあり」と思っていますから、

寛容じゃないことにも寛容なので、

自分の中にある、偏狭さとかにも私は寛容です。笑

この寛容さがゆえにセラピストとしてプロになれたのだと思っています。が、

(このブログの読者さんの中には、

私がとても怖い人だと思っている人いるみたいなんですが、

講座やセッションに来てるかたは私がどれだけ寛容かご存知かと思います。)

指導者としては、これではダメだなって思っています。

でも、一日で厳しい指導者の顔は持てないので、笑

徐々に自分を鍛えていくしかないですね。

それは、マスタークラスにくる方が、

全員セラピストになりたいと思っているわけじゃないことも、

考慮していかないといけませんし。

そう、マスタークラスはセラピスト志望者にだけ開かれているクラスではありません。

そして、セラピーはいかに寛容であり続けるかを取得するものですから、

セッションでの、セラピストとしての共感力と寛容さを、

デモセッションしてかないとなりません。

難しい!!!笑

私の周りにいる、すごい指導者と思う人を、

「自分の能力として」使わなければ!ですね。笑

今日もはりきっていきましょう!

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