金星って何だろう。

金星は、西洋占星術では、

美とかエロスとか、芸術とか、

趣味とか、喜びとかとされる。

しかし、たとえば、空海が開眼する時には、

修行で気が遠くなるほど念仏を唱えた末に、

金星が口の中に入ってきて、開眼したといわれるし、

キリストが生まれるときも、

明けの明星(金星)が異様に輝き、

そして

わたし(イエス)は、ダビデのひこばえ、その一族、輝く明けの明星である。
(黙示録二二・16

と書かれている。

金星が、芸術とされるのはまだしも、

同時に趣味とか恋愛とかってされるのは、ちっとおかしくないか?と

前々から思っていた。

なぜそれが、キリストだったり、空海だったりするのか。

なぜ悟りと関係するのか。

謎すぎる。

夜と霧の著者、フランクルは、

アウシュビッツに収容され、内的変化を感じながら、

芸術や自然に関して、強烈な感性が目覚めたと書いている。

労働で死んだように疲れ、バラックの土間に横たわっているときに、

仲間が飛び込んできて、美しい夕焼けが見える!急いで来い!と皆に告げに来た。

極度の疲労と寒さにも関わらず、みな外に向かった。

「我々は外で、暗く燃え上がる雲を眺めた。幻想的な形をした雲が、

青から真紅に至るこの世のものとは思えない色彩で、

さまざまに変化していく光景をみつめた」

感動の沈黙が数分続いたあと、誰かがこうつぶやいたという。

「世界はどうしてこんなに美しいのだろう!」

ある女性は点呼のために何時間も立ち続け、飢えと疲労のために気を失いそうになったとき、

驚くべき発見をしたという。

「壊れたコンクリートの片隅から一輪の花が顔を出しているのに気づきました。

毎朝、何千人もの人たちが足を引きづるようにして歩きながらも、

その花を踏まないようにしているんです。

私は美や芸術を堪能するために強制収容所に入るようになどと、

言っているわけではないんです。

でもそこには、信じられないような瞬間があったのです」

わたしたちの中には、飢えたときに食べ物をもとめて飛び出すのと同じくらいの感覚が、

きっと美に対してあるのだろう。

生きるか死ぬかの究極の状態で、

美からこそ得られる、

啓示のような、

突き抜けるヒラメキのような、

激しく魂をゆさぶり、

そうして初めてわかる

美の意味があるのだろう。

そこに究極のエネルギーの凝縮した、

命の輝きがあるのだろうと思う。

その、感覚こそが、

まさに、空海や、キリストなどが、

手にした、何か・・なのではないだろうか。

そしてそれこそが、金星なのだと思う。

趣味とか恋愛とか、まぁ、それもいいんだけどw

この金星が意味するものは、もっと命の根源にある美なのだと思う。

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