実は人生は神秘の連続である

自分がどれだけ感謝をしてきたかというのは、

実は、目の前の自分の現実をみれば、

一眼でわかるんですよね。怖いくらいわかってしまう。


自分の現実をみてみましょう。

お金、健康、仕事、家族、その他・・。


問題なく、豊かに持っている分野は、

自分が、自分の潜在意識と顕在意識と、魂全体で、

きちんと感謝してきたところ。


そうでもないところは、感謝してこなかったところ。


とても単純なこと。

とってもシンプル。

シンプルすぎてきょわい!(こわい)



自分が感謝してないと、もらうことができなくて、

奇跡も起きない。


健康も、お金も、人間関係も、仕事も、家族も、友人も、、

なにもかも、

感謝をしないと、ストップしてしまうんだよね。



受け取るには、愛が必要なんだ。


感謝っていうのは、愛だよ。


ただの「ありがとう」という言葉ではなくて、


震え泣くくらいの感動する愛。

それがない時は、


それは感謝じゃないんだよね。

言葉だけの感謝は、もっとタチが悪くて、


「さらに相手から奪おう」という

予告みたいなものだと思う。

(こわい!)


「ありがとうと言っていれば、もっともらえるでしょ?」

みたいなもの。

強盗予告みたいなものだよ。


そもそも、感謝をしないというのは、「奪う」っていうことなんだよ。

「当然の権利」と思う暴力。


「奪う力」


「あなた、そのくらいのことして当然じゃない?」

「上司なら、このくらいのことして当然じゃない?」

「家族なんだからこのくらいのことしてくれていいじゃない!」

「友達なんだから、このくらいのことしてよ!」





そう思うのは自由だけど、


その力が、結局は、

自分の持っているものを奪っていく。

感謝がないと、今、持っているものも、奪われていく。


お金も、人間関係も、健康も、家族も、家も、、、


「当然」と思った分だけ、

「当然」と思った回数だけ、

奪われていく。



この世界は、

なにもかもが、当たり前じゃなくて、


当たり前なんてものは、何一つなくて、


すべてが、

絶妙なバランスの上にあって、

自分の感謝の量と、

感動の深さと、

連動している。



世界は、そんな

美しい奇跡に満ちている。


今の目の前は、

全てがその、

奇跡的なバランスの現れ。

実は人生は、神秘の連続である。

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