【常識は疑え!】今日、一日楽しく生きられれば、それが、この子の一生を支配する。

子育て中ってなかなか

この子供がどう大きくなるかわからないから、

親は色々と不安になって、

不安になって子供に、いろんなことさせたり、

いろんなことを要求してしまう。

他の子供と比べたり、

他の家庭と比べたりして、

うちは大丈夫なんだろうか。。。と思いがちだ。

しかし、私が子育てを携わってきて思うのは、

子育ての極意は、

今日、一日楽しく生きられれば、

それが、この子の一生を支配する。

という事だ。

今日一日、何か覚えたり、成長したりすることを

親が促す必要はない。

親ができるのは、

今日を楽しく生きさせること。

ただ、自分で言うのも変だが、

わたしは、人より、大変に忍耐強い。

自分でいうのはおこがましいが、

とても忍耐強い。笑

なので、これも、

わたしの忍耐強さを持って、

初めて可能なことなのかもしれないが、

とにかく、子供はちゃんと成長するので、

信じて待つ。

これに尽きる。

これに尽きるのだ。

幼稚園や小学校時代に、

ムリさせて、

無理矢理覚えさせたり、

練習させたりする必要ってほとんどない。

子供は小学校に入ったり、

中学校に入ったりすると、

学校や周りのお友達をみて、

自分はこれをやった方が良いなとか、

どうやら宿題やった方が良いなとか、

いろいろ思ったり感じたりするものだ。

自分で「やったほうがいい」と思わないならば、

親が促す必要ない。

そこをムリに親が促せば促すほど、

本人が自覚がないままに、

やらせれて幼少期を過ごすこととなり、

大きくなったとき、自分がなにがしたいのか、さっぱりわからなくなる。

これが不幸の原因である。

本人が「やる必要はない」と思う事は、

やる必要がないのだ。

その子の人生に「それをやる必要」は現れない。

「やる必要」のあることは、勝手にやる。

これは間違いないので、

子供の成長を信じて欲しいところだ。

うちの子供のエピソードだが、

ある日、わたしは中学生になった次男に言った。

わたし「テストがあるけど、勉強しなくていいの?」

次男「うん。。。。。。   まま? あのね、勉強はしなくても困らないよ」

わたし「・・・・そうだね!」

次男は勉強はしなくても困らない、とハッキリ言った。

わたしはこのとき思ったのだ。

「この子には勉強をしなくても困らない人生が開かれるのだな。」と。

なので、「そうだね!」と答えた。

もしこのときわたしが

「いやいや、お前、勉強しないと困るんだよ。困ることが起きるよ」

などと洗脳してしまったら、

彼に、「困る人生」が訪れた事だろう。

その後、勉強を全くしなかった次男だが、

中学3年になったとき、突然に足が速くなり、

高校受験時には7校から推薦がきた。

そして3年間授業料免除という特待生枠で彼は高校に進学した。

「勉強はしなくても困らない。」

自分の信念や自分の決定事項はかならず成就する。

それなのに、

多くの人は、世間一般の常識に洗脳され、

自分の可能性を閉ざす。

常識は疑え!!!

親の役目は、

自分の恐れで子供を洗脳しないことである。

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