精神宇宙探索はビジョン視の大学院

ビジョン視というのは
YES!!! と叫びたくなるような体験ができるかどうかは、
練習が必要です。
ビジョン視というのは、
やってみればわかりますが、
自分の中にゴミが沢山あると、
ゴミしか見れません。爆
ゴミしか浮かび上がってこなかったりします。
このあたりのメカニズムは、
私の講座「はじめてのビジョン視講座」で詳しく説明しています。
しかし、自分の中の掃除のためには、これらは必要な行程です。
ここは避けて通れないです。
でも、「今、自分はどういう段階にあるのか」とか、
「今、何を体験しているのか」、とか、
そうしたことは、他人に指摘されてわかるというよりは、
ずっと続けて、ある日、自分で気がつく種類のものです。
ビジョン視というのは、その人の非常に内的体験であるがゆえに、
その人が自分で自分の体験を繰り返し、
以前の体験と、今日の体験の違いがどうだったかを検討し、
また、他人と意見を交わすことによって、
はじめて、自分の立ち位置が見えてくる・・・そんな感じなのです。
肉体を超えた体験とはそういうものです。
その時、はじめて、自分で自分の中に意識の地図が見えてきます。
銀河教室では、惑星探索をする講座(インナープラネタリー瞑想会)がありますが、そこでは、
個人天体を抜けた時は、体験がガラッと変わるんですね。
トランスサタニアンと呼ばれる天王星・海王星・冥王星になると、
突然ビジョン体験の雰囲気が変わってきます。
そして、恒星などというときはもっと変わってきます。
自分の中に意識のゴミが浮遊していると、
いきなり恒星探索しても、非常に薄い体験しかできないか、
自分のゴミで歪んだ解釈をしてしまいます。
それは確実に恒星の体験はしているには違いないのですが、
その解釈に問題がでてくるという感じだと思います。

解釈に問題というのは、私達も普段の生活でしています。
たとえば、誰かに
「この仕事、早くお願いします。」
ということを言われたとして、
それを、
「これは急ぎの仕事なんだな」と思う人と、
「自分がのろまだと思われてるんだな」と思う人と いたりするでしょう?
被害妄想が強い人は、何を言われても自分が責められてると思ったりします。
この差が解釈の差なんですね。
意識の中にゴミがあると、、それが、たとえば「被害妄想」という不純物だったりすると、
全ての解釈が被害をうけた、というような方向に流れていってしまいます。
ですが、それら全部、悪い事ではないんです。
悪い事とかではなく、
そういう風に思い込むようになった、
元の原因があるはずなのです。
そこから、その原因を知って、
自分の思考のメカニズムを知って、
解き放たれることが誰にもできることを知って、
その不純物を取ってくような
ワークをし続ければいいのです。
自分を見つめる作業をすればいいのです。
そうすれば、
もっと解放されて、
もっと自由に、
もっと楽に生きられ、
もっと楽に生きられるようになると、、
もっとクリアなビジョン体験ができるのです。
ここはすべて連動しています。
ですから、ビジョン視するには自分を整えるというのは非常に重要です。
私のビジョン視講座はどれもこれも、
現実への多角的な視点を与え、
今の自分の思考パターンから解放されて、
より本質をみることができるようになる、というのを主旨としています。
これは、誰にもでき、誰にも開かれている道です。
本人が変化を拒まなければ。
クリアな体験ができるようになるには、
沢山のハードルがあるかもしれません。
でも、そこにチャレンジする、意義があります。
人生の意義はそこにあるとさえ、私は思っています。
私の中では、精神宇宙探索講座は、
そうした、自分を今まで一生懸命に整えてきた方々へのさらなる、
真理の探究の講座と思っています。
ビジョン視の大学院です。

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