「みんな違ってみんないい」が受け入れられない時

怒りが湧いた時、こんなことしませんか?

私はけっこうやります。

こんな感じですよ。

 ←だれw

「いや、みんな、色々考え方は違うのよ。」

どうどう。。。(馬をあやすように)

 あなた冷静になって

「自分が思っていることとは、みんな考えは違うのよ。」

どうどう。。。(馬をあやすように)

 怒っても良い事ないわよ

「みんな違うのよ。みんなそれでいいのよ。それぞれなのよ。」

どうどう。。。(馬をあやすように)

↑誰だし

どうどう、どうどう、どうどう。。。

怒りが湧いたのを一生懸命抑えるってやつね。

それぞれみんな考えてることは違うんだ、として、

自分と他人を切り離す。

とても良い対処法であります。

怒りは静まりますし。

他人に深入りしないで済みますし、

他人に過干渉にならずに済みますし、

他人と距離とれますし、

まぁまぁまぁ、金持ち喧嘩せず。(金持ち関係ないけど)

仲良くやろうじゃないか。

うん、すごくいい。

たぶんいい。

きっといい。

いや、よくない!!

↑無意識ちゃんの声

よくないぃぃぃぃいいぃ!!!

無意識ちゃんってこんな感じよ。↑

怒りの元って、

「いやよくない! ぜんぜんよくない!」

という思い。

「みんなちがうんだ、 ひとそれぞれなんだ」

とかいう考えとは真逆!!

そうじゃない、よくないだろ!

どうしてこれがわからないんだ!!

人それぞれだ、なんて、そんなクールなこと言ってる場合か?

ちがうだろぉおおおお!!!

みたいな感じだと思うのね。

それを表にだすか、出さないかの差はある。

表にダダ漏れさせちゃうと、

結構、人とドンパチすると思う。笑い。

でも、このちがうだろ!!!!っていう暑い思い、

あ、漢字ちがうな、熱い思いが、

なにか自分にとっての大きな人生の推進力なるんだと思うんです。

これ、頭の良い人ほど、あまり表に出してないので、笑

よくよく、いろんな人を観察してほしいところなのです。

みんな大きな仕事をされてる方は、

なんか違う!というのを推進力につかっています。

私は、ジャパンハートの吉岡秀人さんが、

ジャパンハートを作るきっかけになった話しをされているのですが、

それは、

「海外での医療ボランティアの団体が、結局は本当に必要な支援をしていない。」

「予防医学を教え、予防接種をして終り。本当に苦しんでる人のヘルプは何もしてない」

という現実を目の当たりにして、

自分で本当の医療を届ける活動をしていますが、

このとき、

ちがうだろ!そこじゃないだろ!

それじゃないだろ!

って思いが、強い思いがあったんだろうなと想像するのです。

予防接種しておわりで、治療はしない、ってそれは医療なのかっていう問題。

吉岡先生の言葉のハシハシには、

今でもその事への怒りのようなものを感じます。

怒りを感じた時こそ、

何か大いなる自分の使命が与えられている瞬間。

私はそう思うのね。

「みんな違ってみんないい」

という言葉を受け入れられないとき!

その時こそチャンスです!

その、違うんだ!という思いを実現しましょうよ。

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