パワーかフォースか「恥」の概念からの脱却

ホーキンス「パワーかフォースか」の本に人間のレベルについて書いてある部分がある。

意識のマップだ

意識のレベルって重要らしい!!

そうだよね。

ま、重要だよね。

 

それはたとえば、

汚い浮浪者を見た時に、

「恥」の階層にいると、「うわーー汚い!いやー!!恥さらし!」って反応をする。

なぜなら、すべてを恥ずかしいかどうかで判断しているからだ。

自分は恥ずかしくないか、かっこよくみえるかどうか、そういう階層で考えているのは「恥」の階層にいる人。

そんな人は、ホームレスをみて「きえろ」とか心の中でつぶやいてるにちがいない。

排除の概念でいっぱいだ。

 

「罪悪感」のレベルにいると、この人は努力がなく、

日頃の行いが悪くてそうなったんだって浮浪者を責める。

 

「無気力」のレベルにいると、この人には希望がない、どうすることもできない、って思うだろう。

 

でも意識のレベルがあがってずーっとあがって、

「勇気」のレベルに入った人は、この人ができる仕事や住める場所はないかと探し必要な手助けをしようとする。

「中性」のレベルにいれば、共存しよう。共に生きようと思う。

「愛」のレベルにいれば、この人に親みを感じ、

世界の枠組みを超えて生きられる生き方に尊敬を感じるようになる。

 

そうなのだ。

 

誰かと意見が違ったり、

相手の態度が気になったり、

子供の事で気を揉んだり、

 

こうしたことの背景には、

意識のレベルがある。

 

ずっと言語化できなかったけれども、

そうなのだ。

 

私はよく、子供の事で悩むお母さんに、

「好きなだけゲームさせたらいい」

「すきなだけおやつを食べさせたらいい」

「好きなだけ遊ばせたらいい」っていう。

 

でも「そんなことする勇気がありません」とか

「そんなことしたら子供が堕落してしまう」とかいう。

 

でも実際にそれを実践してくれた人から、

感謝の言葉しか聞かない。

 

好きなだけさせるとしたところから、

子供が目覚め、

子供が自立し、

成績も伸び、

可能性を大きく開花しはじめるからだ。

 

親がコントロールしている時には、

子供は伸びない。

芽をださない。

 

ある程度のいい学校にはいくかもしれないし、

そこそこいい成績もとるかもしれないし、

 

でも自分の人生を開拓していけない。

そんな子供に育ててはいけない、っていつも思ってる。

 

なぜ、子供に好きなだけゲームさせたりおやつ食べさせたりすると、

間違うと思うのか。堕落すると思うのか。

 

そこにこの意識レベルが関与している。

浮浪者をみて、恥さらしと思うメンタルだと、

子供を「恥」と思ってしまうのだと思う。

 

子供をなんとかするよりも、

自分がそこから脱却することが先決だ。

 

自分が何かうまく行かなくなった時も、

それを恥と思うのか、

それを罪と思うのか、

いやはや、それを勇気と思うのか、

それを愛と思うのか、

 

どう思うのかがこの意識レベルだ。

恥の概念は一番、最下層だ。

 

恥ずかしいという概念が一番下だ。

 

意識研ではこの「恥」からの脱出には、

ものすごく力を入れている。

「恥」の階層にいる限り、

その階層では、どんな潜在意識の話も入らないからだ。

 

ここから脱却すること。

めちゃ重要。

 

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